【社員ブログ】フェイスラボの森の仲間たち

水と緑が豊かなフェイスラボの森に集う仲間たちで交わされる日々の物語。 フェイスラボとは、化粧品・医薬部外品の受託製造(OEM)専門の製造工場です。

消費される物語

      2016/02/17

写真 2.JPG

1か月ほど前の井の頭公園。自分は花見をするチャンスを逃したまま、花見をする人を横目に見つつ、散歩するだけに終わってしまいました。
本題は桜とは全く関係なく、ここのところ、小保方さん問題や佐村河内さん問題などが大きく取り扱われていることは気になっている方もいらっしゃるかと思いますが、興味深い小論が朝日新聞に掲載されていたので、みなさんにもシェアします。
作家の高村薫さん。
「グローバル世界では、人やモノの自由往来が国境をなくしてゆくだろうと予想されていたのに、実際には世界のあちこちで「私たちの国」という物語が不安定になって、その穴埋めのために過剰が物語が生まれています。(中略)将来への不安がのしかかっているなかで、私たちは小さく閉じた身近な物語に癒されているわけです。最近は作曲家を話題にするときに、作品と関係のない事柄が前面に出てくる。女性の研究者の話題でも、メディアは研究の内容とは関係ないファッションや趣味などを大きく取り上げる。それが節操のないことだという了解がなくなっているのです。STAP細胞を発見したのが、30歳の女性ではなく、さえない中年男性ならこれほど社会的な関心を持たれることもなかった。本筋とは関係ない過剰な物語がつくられたことで、STAP細胞についてよりよく理解できたかというとそんなことはありません。(中略)心地よい物語を作っては消費して、飽きたら捨ててまた新しい物語を作る。その繰り返しでは進歩はありません。」
中途半端ですが、こんな内容でした。
確かに。私たちは、曲や研究の内容とは別の部分で、本人たちが提示している以上のことを想像して、本質とは違う部分を評価してたのではないか。自分たちの未熟さ、想像力の欠如から、本質を理解できないことを棚上げして、付随する物語に逃げているのではないか。
逆のことを考えると、今年のソチオリンピックではたくさんの感動をもらました。そこでも感動の原因はなんぞや、と考えたところ、選手たちの苦しくても失敗しても目的に向かって、努力する姿。勝っても負けても、その努力する姿に人々は感動する。逆のそのあとのニュースやバラエティ番組での「プレイ」以外の物語は余計であったほどに。
してみると、「本質と付随する物語」、このバランスが崩れたため、物語ばかりがフォーカスされ、真実はなんであったのか、本物とはなにかということが見えなくなくなる。本質を本物を自分で見つける目を養うように常に心がけたいものです。

こちらの記事もおススメ!

 - 未分類